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病棟を出て、訪問の道を選んだ日

病棟で働いていた頃のことを、今でもときどき思い出す。

朝の申し送り、ナースコール、検温の列、点滴の管理、入退院、急変対応。一日があっという間に過ぎていく。夜勤明けの帰り道、何をしてきたか思い出せないくらい働いた日もあった。それでも、看護師としての時間は、たしかに自分を育ててくれた。だから、病棟を辞めたのは、嫌になったからではない。

ただ、ある時期から、ふと立ち止まることが増えた。

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「もう少しゆっくり、聞きたい」

病棟は、たくさんの人を、限られた時間で看る場所だ。それ自体が悪いわけではない。むしろ、命に関わる場面ではそのスピードが必要になる。

ただ、ベッドの脇で、患者さんがぽつりと話を始めたとき、もう少し聞きたいのに、次の処置が呼んでいる。そんな場面が積み重なっていった。「あとでまた来ますね」と言って、結局その日のうちには戻れない日もあった。約束を守りきれない自分が、少しずつ気になっていった。

その人が、家ではどんなふうに過ごしているのか。退院してから、どうしているのか。病棟からは、見えない景色がたくさんあった。

訪問という言葉が、近くなった

訪問看護という働き方は、実は看護師になったときから、頭の片隅にあった。ただ、駆け出しの未熟な自分にとっては、現実的な選択ではなかった。まずは病棟で経験を積むこと、それが当時の自分にできる、いちばん確かな一歩だった。

きっかけは、退院支援の仕事のなかにあった。退院していく方のご自宅を、事前に見せてもらいに行く機会があった。実際に伺ってみると、そこには病室では見えなかった生活の現実があった。階段の高さ、台所までの距離、布団のあげおろし。そのひとつひとつが、その人のこれからの暮らしそのものだった。

患者さんは、病院では「治療を受ける人」だ。けれど家に戻れば、私たちと変わらない、ふつうの生活者だった。それでも、まだ誰かの支援を必要としている。当たり前のはずのその事実を、その家に立って、ようやく実感した。

その日から、自分が看たい看護のかたちは、病棟の中ではなく、その人の暮らしのそばにある、と思うようになった。

病棟を離れることに、迷いはなかった。一緒に働いてきた仲間や、積み上げてきたやりがいはあった。それでも、自分の手の届く距離を変えたい、という気持ちのほうが、はっきりしていた。

出てみて、わかったこと

訪問の現場に出てみて、いくつものことに気づいた。

病院では「患者さん」だった方が、家では「お父さん」「お母さん」「ご主人」「奥さん」だった。リビングの様子、玄関のスリッパ、台所の匂い。そこに、その人の生活そのものがあった。看護の目的は同じでも、見える景色がまったく違った。

時間の流れも違う。病棟のような分刻みではなく、その人のペースに合わせる。お茶を出してくださることもあれば、しばらく世間話をしてからケアに入ることもある。最初は戸惑った。けれど、その時間のなかでこそ、その人の本当の言葉が出てくることを知った。

「もう少しゆっくり、聞きたい」――病棟で何度も思っていたことが、訪問の現場では、当たり前のように許されていた。

その先で

訪問看護を続けるなかで、私はだんだん、足元に手が伸びるようになっていった。

爪を切ること、足を温めること、皮膚を観察すること。看護のなかでは小さな一場面に過ぎないことが、ご本人にとっては、その日いちばん心地よい時間だったりする。そこから、フットケアという仕事が、少しずつ自分のなかで形になっていった。

病棟を出た日のことを、今になって振り返ると、特別な決断だった気がしない。ただ、自分が看たい看護に、もう少し近づきたかった。それだけのことだった気もする。

道は、続いている

病棟も訪問も、どちらが上ということはない。役割が違うだけだ。私はたまたま、訪問のほうが性に合っていた。それだけのことなのだと思う。

ただ、あの日、病棟を出る決心をしていなかったら、今、誰かの家の玄関で「お湯、用意しますね」と言っている自分はいなかった。あの一歩が、今の道につながっている。

足元から、自分の道もまた、ひとしずくずつ、続いていく。

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