以前、「痛みを取る、その次に」という手記を書いた。私のなかのケアの順番は、痛みを取り、不快を取り除き、清潔にして、そしていちばん最後に、きれいに整えること、と続く。
今日は、その最後にある「きれいに整える」ことについて、書いておきたい。
整えることは、なくても困らない?
痛みを取ることや、不快をやわらげることに比べると、「きれいに整える」ことは、優先順位が下がりやすい。
爪の形が、少しいびつでも。髪が、少し乱れていても。命に関わるわけではない。困るわけでもない。だから、忙しい現場では、いちばん後回しにされやすいのが、この「整える」という部分だ。
けれど、私は、ここを、軽く見たくないと思ってきた。整えることには、痛みを取ることとは、また別の、大切な意味があるからだ。
整えると、人は外を向く
整えることの意味は、「人の目に触れる部分」を、ちゃんとする、というところにある。
爪を、きれいな形に整える。髪を、とかして整える。身だしなみを、ととのえる。それは、自分のためでもあり、人と会うためでもある。きれいに整っていると、人は、外を向きたくなる。「ちょっと、出かけてみようかな」「人に、会ってもいいかな」と、気持ちが、外へ向かう。
逆に、爪が伸び放題で、身なりがかまえないままだと、人は、だんだん、人に会いたくなくなる。外に出るのが、おっくうになる。整っていないことが、その人を、少しずつ、内へ内へと、閉じこめてしまう。
整えることは、その人と、外の世界とのつながりを、保つことなのだと思う。
整えることは、尊厳を支えること
そして、整えることは、その人の尊厳に、深くかかわっている。
「自分は、ちゃんとしている」。そう思えることは、人にとって、とても大切だ。年を重ねても、体が不自由になっても、きれいに整えられていれば、人は、自分を保てる。「みっともない姿でいたくない」という気持ちは、最期まで、人のなかにある。
爪を整え、髪をとかし、身なりをととのえる。それは、その人が、その人らしく、尊厳をもっていられるように、支えることだ。見た目を整えることは、決して、表面だけの話ではない。
足元を、整える
フットケアの仕事は、まさに、この「整える」を、足元で行う仕事だ。
伸びた爪を、きれいな形に整える。ごわついたかかとを、なめらかにする。変形した爪を、できるだけ、ととのった姿に近づける。それは、足の健康のためでもあるけれど、それだけではない。
きれいに整った足を見て、「自分の足じゃないみたい」と、うれしそうにされる方がいる。サンダルを履けるようになった、と喜ばれる方がいる。人前で、足を見せられるようになった、と。整えることは、その人が、また前を向くきっかけになる。
おわりに
痛みを取り、不快をやわらげ、清潔にして、いちばん最後に、きれいに整える。
整えることは、順番でいえば最後にあって、後回しにされやすい。けれど、それは、その人が外を向き、人とつながり、自分らしくいるための、大切な手助けだ。見た目を整えることは、心を整えることに、つながっている。
足元から、その人が、また前を向けることが、ひとしずくずつ、はじまっていきますように。

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