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「こんなことまでしてくれる人は、いなかった」と言われた話

訪問の現場では、限られた時間のなかで、たくさんのことをします。寝たきりの方のお宅では、全身の清拭、洗髪、おむつ交換を、ひとりで行うことも珍しくありません。それだけで、あっという間に時間はいっぱいになります。今回は、そんな現場で、私がひそかに大切にしていたことのお話です。

目次

ケアだけで、時間はいっぱいになる

ベッドの上で寝たきりの方の場合、体を起こすこと自体に、ご本人にも、ケアする側にも、力が要ります。

体をていねいに拭き、髪を洗い、おむつを替える。ひとつひとつ、急がずに、けれど手早く。終わるころには、たいてい、こちらもヘトヘトになっています。決められた時間は、それだけで、ぴったり使い切ってしまうことがほとんどです。

それでも私は、ほんの少しでも時間が余れば──いえ、正直に言えば、むしろ少し頑張って時間を余らせて──することがあります。

足浴と、手浴です。

手と足は、後回しにされやすい

体を清潔に保つケアのなかで、手と足は、どうしても後回しになりがちです。

優先されるのは、まず体幹や、おむつまわりの清潔。それは当然のことです。けれど、その分、手や足は、ケアの順番の最後にまわされ、時間が足りなければ、省かれてしまうこともあります。「忘れられがち」と言ってもいいかもしれません。

でも、私は、ここを省きたくないのです。手と足には、その人の毎日が、いちばん表れる場所だからです。

水圧をかけるだけで、入浴したような満足感

洗面器にお湯を張って、手と足を、しばらく浸からせる。

たったそれだけのことなのに、ご本人の表情が、ふっと変わります。寝たきりで、湯船にはもう何年も入れていない方が、手足をお湯に沈めた瞬間、「ああ……」と、声をもらされることがあります。

お湯に浸かって、水の圧を感じる。それだけで、人は全身で入浴したような満足感を覚えるのだと、現場で何度も教わりました。体は拭くだけでも清潔にはなります。けれど、「お湯に浸かる」という感覚は、拭くだけでは得られない。手足に水圧をかけることで、その感覚を、少しだけお返しできるのです。

「こんなことまでしてくれる人は、いなかった」

ある寝たきりの方の手浴を終えたとき、付き添っていたご家族が、ぽつりとおっしゃいました。

「こんなことまでしてくれる人は、いなかった」

責めるでも、特別なお礼でもなく、ただ、しみじみと。長いあいだ、いろいろな人のケアを受けてきたなかで、手や足にまで時間をかけてもらったのは、初めてだったのかもしれません。

その言葉を聞いて、私は、省かなくてよかった、と思いました。時間を余らせるために少し頑張った、その数分が、ちゃんとその方とご家族に届いていた。フットケアやハンドケアは、ケアの「おまけ」ではなく、その人の尊厳に触れる時間なのだと、あらためて感じた瞬間でした。

ご家庭でも、手浴・足浴はできます

特別な道具は要りません。

  • 洗面器に、ぬるめのお湯(38〜40℃)を張る
  • 手、または足を、5〜10分ほど浸からせる
  • 終わったら、指のあいだまでしっかり拭く
  • 寝たきりの方は、タオルや防水シートで寝具をぬらさない工夫を

体を起こせない方でも、ベッドサイドで、手だけ・足だけでもできます。「お風呂に入れてあげられない」と心を痛めているご家族にこそ、試していただきたいケアです。

おわりに

ケアの時間は、いつも足りません。手や足は、どうしても後回しになります。それでも、ほんの数分、手と足をお湯に浸からせる。その小さな時間が、その人にとっては、一日でいちばん心地よいひとときになることがあります。

忘れられがちな場所にこそ、その人の満足や、尊厳が宿っている。私は、そう思いながら、今日も洗面器にお湯を張ります。

足元から、そして手のひらから、その人の安らぎが、ひとしずくずつ、満ちていきます。

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